16.運転免許は買うもの?
日本では自動車の免許を取るのは、とっても大変である。お金も掛かる。私も若かりし頃経験があるが、自動車学校の先生はちょっとでも規定にはまらない事を
やったりするとガタガタおしゃる。これは、後々事故を起こさないように気を使ってくださっている事と思う。でも、日本はちょっと厳し過ぎる気がしない事もない。
車の運転もやっぱり経験だから、(上手、下手はもちろんあるけど)免許を取って実際に実績を積んだら、ちゃんと運転できる。事故を起こさないため!
もちろん、運転うまい方が事故を起こす事が少ないけど、それでも運が悪けりゃ、運転うまくたって事故は起こってしまう。
学校の試験とか勉強だってそうだ。
どうでもいい事に、厳しすぎるって気がしない?子供が中学校へ行っている時、英語の試験でピリオドが付いていなっかたら、減点である。実際には、ピリオドが
なくたって、英語を使うのになんの支障もあろうはずもない気がするのだが。日本の入試というシステムが、勉強にもこんな細かいどうでも良い事にも、
ガタガタ言わなければならない事にしてしまっているのかも。
なんか、話がそれてしまったが。メキシコで免許取得は、簡単だ。ちょっと、どうかと思う事もあるけど。
前は試験があったけど、今、現在は試験もない。
メキシコでは自動車学校は、ある事はあるが、あまり商売にならない。免許取ったは良いけど運転できないよ−、やっぱりちゃんと教わらなくちゃー
という事で、自動車学校へ行く人もたまにはいるのだが。自動車学校へ入れる条件はただ1つ。免許を持っている事である!!
えっ!!と思わないで。だって、自動車学校って日本のように広い、広い練習場がある訳じゃない。授業でやる事は、すぐに車に乗って先生が隣に座って。
「これが、クラッチ。これが、アクセル。これが、ブレーキね。ハーイ、動かして!」と 一度教えたら、すぐ街へ出て自分で運転するのだ。車を運転するのは、
街の道だから免許が必要な訳。
さて、自動車学校の授業は1日、1時間半。6日間である。5日間は、こんな調子で運転であるが,
1日は一応、法規という事になっている。が、先生おっしゃるに、
「明日は法規だから、休みにしましょう。別に法規勉強したって、しょうがないでしょう。」ってな事。
これで、一週間、自動車学校へ行ったて、自信がつく訳がない。自分でドキドキしながら、街に出て運転して、覚えるしかないのである。
だから、娘は免許証持っていても、運転できません。では、事故も多いでしょう−って?。まあ、事故はないとは言えないけれど、別に日本より多いって事もないでしょう。
運転に自信がなくドキドキ運転している時って、意外と事故しないものである。
今は、試験がないが、前に私が免許を取った時はペーパー試験だけあった。
私、ペーパー試験だが、スペイン語で分からない言葉がいっぱいでてきて、困ってしまったが、まあ それでも、適当に書いていると、女のお巡りさんが、
近づいてきて、「ふむ ふむ、だめだねー。これじゃあ、通らないよ。」「えっ!」「心配しくてもいいよ。お金払えばいいよ。」「あーそうですか。」
「あ、うん、お金払う?あー そう。じゃあ、かして。」ってんで、お巡りさん、さっさと 私の試験用紙をとりあげて、自分で解答を書いて、「はい、ここに
サインして!」これで終わりであった。
娘が免許を取りに行った時は、もう 始めから、「試験受ける?受けない?あーそう、受けたくない。じゃあ、免許証あげるけど、気持ち払ってくださいね。」と言われた。
つまり、領収証のないお金をなにがし、支払ったのだ。
もう、これはメキシコでは常識である。
今は、このペーパー試験もないけど役所の役人は、相変わらず稼いでるようです。領収書を要求しないと、くれないである。
領収書なしで受けとった金は、みんなで山分けなのであろう。
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17.ゴミ箱がない訳?
娘の一言のページで、「メキシコには、ゴミ箱がない」と言うが、これは、メキシコ人の公衆マナーの常識が問題なのだ。
日本だって、街の道にいっぱいゴミ箱がある訳ではないと思う。駅とか公園にはあるが。
これを言うと、娘が、「またすぐ、メキシコの悪口を言う。」と言うだろうが。悪口を言うのでなく、事実として言うのである。
メキシコ人の常識と言うのは、「ゴミは道に捨ててもいい。」というのだ。だから道でも公園でも、あらゆる所に、ゴミが
いっぱい落ちている。そして、毎日掃除する人がいる。でも、掃除しても掃除しても、捨てる方が、圧倒的に多いという感じで、
常に、どこも、ゴミだらけなのだ。
昔、メキシコへ来たての頃メキシコ人の友達と道を歩いていて、アイスクリームだか何かのゴミをゴミ箱がないので、捨てる事も出来なくて
いつまでも手に持っていたら どうしてゴミを捨てないのか?」と聞かれて、「だって、ゴミ箱がないから、捨てられない。」
と言うと、「道に捨てればいいのだ。」と言われて、「でも、それは、ちょっと。」と言うと、「いいのだ、ゴミを掃除する人がいるのだから。ゴミを捨てる人が誰もいなかったら
彼らは仕事を失うではないか。」っと、本当にまじめな顔をして言われたのである。
又、いつだったか、一度 メキシコ市のバスに乗って、「えっ、ウソ−。」って思ってしまった事がある。
バスの中に書いてある言葉。まあ普通は、「この車はみんなのもの、大切に!」「ドアを叩かないで、ベルを押して下さい。」とか「降車は後ろから。」
「3歳以上の子供は、膝に乗せても、お金を払ってください。」などなど、いろいろ書いてあるのだけれど、「バスの中にゴミを捨てないでください。ゴミは外に捨ててください。」とあったのだ。
そんな訳で、「ゴミは道に捨ててもいい。捨てろ。」と言うのが、メキシコの常識なのだ。
だから、郊外へ、車で走って行っても、道路の両側には 車で走る人が、窓から捨てるゴミがいっぱい。
やっぱり、昔メキシコ人の車に乗せてもらった時もメキシコで知識人階級と言われる人でも、車の窓から、平気でゴミを捨てるのだった。
だが、日本も最近はそういう常識の人も多い。私の実家は、農村で、実家の畑が大きな道路に面していて、この道は大きな
トラックや車がバンバン通るのだが、畑に、飲み物の空き缶やら弁当のゴミやらバンバン車から投げられ捨てられて、実家では本当に、ゴミに
悩まされているのだ。メキシコのように掃除をしてくれる人はいないし。
まあメキシコでゴミ箱のある所は、空港、ティオティワカンの遺跡、ソナ ロッサの繁華街のインスルヘンテスの地下鉄に向かうヘノバ通りに幾つかあったなあ。
空港は、お掃除する人が、一日中いますので、ゴミは落ちていません。それに、ゴミが落ちていないと、捨てられないと言う気持ちにもなるものです。
ティオティオワカンなどでも、もちろんゴミ拾いの人はいるし、なんせ、観光の一番大切なところですから、ゴミを捨てる人より、掃除するひとのほうが、気を使っているって
感じかな。それと観光の人は外国人が多いし。
ヘノバの通り、ゴミ箱は、もちろんゴミが入っているけど、ゴミ箱のすぐ近くにも、ゴミが落ちています。でも、やっぱり、ゴミ箱あったほうが、いいよ。そこに、ゴミ箱があったなら、
さすがのメキシコ人も、ゴミ箱にゴミを捨てるでしょうよ。
メキシコで道にゴミを捨てる常識を変える方法がある。それは、罰金を取る事。
今メキシコで、車を運転する時、全ての人がシートベルトをするようになった。何年か前までは ほとんどの人がやらなかったのだが、
高い罰金が、課せられるようになって、していないとすぐ、ポリスの賄賂の餌食にされると言う事になったので、全てのドライバーがするようになったのだ。
うん、この方法が一番良い。しっかりポリスに賄賂を取ってもらたら良いのだ。だが、そうすると、掃除する人が、失業してしまうかー。
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私にも一言「ゴミについて」
18.アンチアメリカ
メキシコ人は、割合アメリカ嫌いの人が多い。
これは、歴史とメキシコの現状の問題の話しもしなければならない。強国アメリカは、
利己主義で、過去においても、メキシコやラテンアメリカの国々、他の世界の国々に
、自分の都合で口を出しすぎるのだ。(これは、あくまでも私見ではあるが.)今の戦争だって、元をただせば、そこに行きつくのだ。日本では、
どうしても、アメリカべったりで、アメリカの色眼鏡で、ニュースも伝えられる傾向があるので、アンチアメリカの人はほとんどいないと思うが。
日本は北方四島を戦争で取られたー。還してくれー!と言っているが、もちろん大小の問題ではないけれど、メキシコは米墨戦争というので、
領土の半分をアメリカに取られたのだ。日本の歴史の勉強は、ラテンアメリカの歴史はあんまり詳しくやらないので、意外と知らない人が多いけれど。そうなのです。
戦争というのは、正義の問題ではないのです。勝ち負けが問題なのです。勝てば、善で、負ければ悪なのです。広島や長崎に原爆を落としたアメリカが日本に
謝りましたか?今でも、アメリカでは多分広島や長崎の原爆は仕方なかったと思っているのです。
話しがそれましたが、そして、メキシコとアメリカは、3000キロメートルの国境をはさんで、豊かなアメリカと貧しいメキシコなのである。
メキシコの仕事のない貧しい人々は、金持ちの国アメリカへ、アメリカンドリームをいだいて、不法密入国して行くのである。
アメリカへ、うまく密入国しても、メキシコ人はアメリカで、差別され、最低の給料で、最悪の条件で働くのです。
メキシコの格言とも言える言葉、ある大統領が言った言葉。「メキシコの不幸は神様に、あまりにも遠く、アメリカにあまりにも、近い事だ。」
と言う事なのだそうである。
メキシコ人はアメリカ人のことをグリーンゴー、グリーンガーと言います。グリーンゴー、緑行け!ゴーホーム!アメリカ人がよそで戦争してはゴーホーム!と言われた同じ意味です。
グリーンガ−は女の人の事、スペイン語では必ず男性名詞と女性名詞を使い分けるのです。アメリカ兵が緑色の服を着ていたわけです。アメリカ人と言わず、「あのグリーンゴーは....」と言うわけです.
経済的には、何もかもアメリカに頼らざるをえないメキシコ。アメリカと国境をはさんで、強国大国アメリカの絶大な影響。アメリカでメキシコ人は差別され苛められ、それでも、アメリカンドリームを抱くメキシコ人があとを絶たない。
豊かなアメリカと貧しいメキシコ。
メキシコのアメリカに対しての劣等感。これをメキシコ人は多かれ少なかれ、感じざるをえないのだ。そして、「こん畜生!」と思ってアンチアメリカになる人も多いのだ。
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19.マリンチェ、マリンチェ主義
アンチアメリカについて書いたから、今度はマリンチェ、マリンチェ主義について。
メキシコには、マリンチェ主義と言う言葉がある。
マリンチェというのは、コロンブスがアメリカを発見して(この言葉は、メキシコではけしからん!と言います。そりゃそうです。発見されたのではありません、もともと、ここはあったんです。)
その後、スペインの征服者 エルナン コルテスが、メキシコのアステカ王国を 征服した時、コルテスの女性になって、征服者に味方したメキシコの原住民の女性である。
言ってみれば、「彼女は、自分の祖国を裏切って、外国に味方したのである。裏切り者であり、外国人 外国にへコヘコしたのである。」 ということになるのである。
本当のところは、マリンチェにも同情の余地もあるのだが。
そこで、メキシコでは「あいつは、マリンチェだ。」「あいつは、マリンチェ主義だ。」と言ったら、外国びいきで、愛国心のないやつで、外国や外国人にへコへコする奴ということになるのだ。
この前、アンチアメリカについて書いたが、人によっては、国を半分取られたメキシコであるが、「自分の所はどうしてアメリカに入らなかったのか。俺の所は、何でメキシコなんだ。アメリカの方が
豊かで、よっぽどいいやー。俺もアメリカ人になりたかったよ‐。」って人だっているらしい。
メキシコとアメリカの国境でアメリカの豊かさとメキシコの貧しさをまともに見比べたら、そう思うのも、無理ないけど。
大統領も、どっちかって言ったら、マリンチェぽい大統領が多いんじゃあないかな‐。
今、世界はグローバル時代だそうだが。メキシコはアメリカ カナダと自由貿易協定(NAFTA)が1994年から結ばれたが。メキシコのような国々、いわゆる 先進国でない国はどこも そのようだけれど。
メキシコも、「世界のお金持ちさん!メキシコに金 持って来てください!メキシコは自由貿易で関税懸けませんし、皆様が商売やりやすいようにしますから、世界の金持ちさん、金、持ってきてください!」
ってな訳で、メキシコにある産業は、ほとんど外国の企業で、銀行も大手は皆、外国の銀行に買収されました。メキシコの中小企業はどんどんつぶれつつあります。
そして、今の大統領殿も、選挙遊説の公約を守るために(?)「貧しい人のための政治を行います。貧し人々のために、病院や学校を作りましょう。でも、そのためには お金が必要です。お金は税金しかありません。税金は必要です。
そのためには食料や薬、本や授業料にも税金を掛けなければなりません!」とおしゃっています。(メキシコは他の物は全て、15%の消費税が掛けられていますが、今現在2001年10月のところは
食料、薬 本などには掛けられていませんが、これからはこれらの物にも掛けるというのが、政府の方針です。)
でも、貧しい人々の多いメキシコ。メキシコの国民の半分はどうしょうもない貧乏人と言われているメキシコで、貧しい人々は、またまた、食料や薬(*注 参照)
にまで税金掛けられたら、学校や病院作ってもらう前に、飢え死にしたり、病気で、薬も買えなくて、死ぬしかないでしょう。
メキシコの政治する人は、やっぱり、マリンチェです。と私は思います。
政治家のやっているマリンチェではなく、いい意味では、一般的に、メキシコの人はマリンチェです。
外国人や他者を阻害しないのがメキシコです。皆受け入れてしまうのだ。これは、メキシコが混血の人々だからなのかも知れません。
私は、メキシコでは 外国人なのであるが、メキシコに温かく受け入れてもらっている。メキシコは困った事も多いけれど、居心地の
いい所です。
そう、メキシコは外国人にも寛大で温かい、とても、ホスピタリティのある人々の国である。他国の亡命者さえも、皆受け入れてきた国なのだ。
*注メキシコは、日本のような国民全員が、健康保険がある国ではありません。健康保険があるのは、ちゃんとした会社、又は、いわゆる公務員といった
ちゃんとした仕事についている人とその家族だけです。
メキシコの政府発表では、誰も信じない事言うけれど、本当には国民の半分は失業者だと言われる国です。
でも、お金のある人は、健康保険病院には、行きません。全額現金で支払うという、私立のアメリカ系とか、スペイン系とかの立派な大病院へ行くのです。
保険病院はいつでも、行列で、緊急でさえ、順番待ちです。タダですけど。保険のない人は、たいてい仕事もない、貧乏人です。政府の診療所とかでも安く診てくれますが、薬は、いつも
在庫がないとかで、自分で買わなければ、ならないのです。時々、街で、病気の子供を抱えて、処方箋を手に、「お金めぐんでください」って
立っている人もいます。そんな訳で、貧乏人は病気になったら、諦めなくてはと言う現実があります。
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20.死者の日
11月1日と2日は、メキシコで死者の日です。
アメリカでは、ハロウィーンですよね。ハロウィーンについては、知りませんが、メキシコは何でも取り入れますから、死者の日もメキシコの伝統的
な祭りとハロウィーンが混じり合っています。
死者の日と言うように日本のお盆のようなもので、人々はこの日、やっぱりご先祖様の墓参りに行きます。又、死者が家族に逢いに来るというので、祭壇を作ってご馳走を並べ、黄色いマリーゴールドの死者の日の花で飾ります。
ここまでは、日本と似ているかなと思うのですが、ちょっと違うのは、特に、骸骨の砂糖菓子やら、チョコレートやら骸骨のパンをいっぱい飾ります。骸骨のお菓子など、名前まで入れちゃってね。
死んだら皆が遺骨ですからねえ。メキシコの死者の日はどこもかしこも、骸骨、骸骨、骸骨だらけ。パン屋のショウウインドウは、楽しく踊たり、お酒飲んで、パーティーしている骸骨などの絵が描かれています。
骸骨だって楽しんでいるのです。なんせ、死者の日ですから。
メキシコの人は骸骨,死って、嫌われないのネ。身近に思っているのかも。そりゃあ、人間皆、最後は骸骨ですものネ。
メキシコの死者の日は特に、骸骨だらけだけど、骸骨の人形、骸骨の絵だけでなく骸骨グッズたとえばキーホルダーや飾り物など、いつでも色々売ってるね。
(骸骨の絵といえば、メキシコの版画家ポサーダの版画は有名です。)
だいたい、メキシコにヨーロッパ人が入って来る以前、メキシコ人は人間の生贄を神様に捧げて、そのしゃれこうべをいっぱい飾っていたんでんすもの。
骸骨は身近なもの、近親感感じたりしてサ。
いつだったか、道の物売りが人間でないけど、牛だが、羊だか馬だかのしゃれこうべ売っていたので「何するの、それ?」って、聞いたら「魔よけに家の屋根に飾るのだ。」ですって。
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