メキシコで、ムッチャアミーゴ!

アステカ料理

15世紀ごろのメキシコの地に栄えた国家・アステカ帝国の食文化です!

主食

アステカ文明での主要な食料はトウモロコシだったそうです。ディスプレー用??と見紛うばかりの色とりどり(?)なとうもろこし!赤とか黒とか黄色とかね。改めて「あれって食べるんだ・・」と思ってしまった・・。そんなバチアタリな事言っていられない!それは東アジアにおける稲やヨーロッパの小麦と同じくらい、アステカの精神世界においては、重要な位置を占めていたんだそうです。ま、日本人が「お米一粒一粒には神さんが宿ってるんだkらね・・。」と言われる感じ以上なんでしょうね~~。トウモロコシはトルティーヤとか、タマル(蒸し団子)とか、お粥に加工されて主食となっていました。アステカの人々にとって、食の基本は、トウモロコシ製品と、塩、チレ(トウガラシ)のことを指しました。それを象徴する習慣として、断食の際は塩とチレの摂取のみが禁じられたそうです。ん?断食になるのか??

トウモロコシや塩以外の重要な食素材は、インゲンマメとアマランサスだったそうです。「アマランサス」って、最近の雑穀米の元なんかによく入ってますよね♪そ~~んな昔からのものだったんですね・・。

さらに、アステカの人々がスゴイのは、トウモロコシを石灰水で煮込んでから調理することで食感と栄養価を高め、さらに豆類の料理を付け合せることでトウモロコシ食で不足しがちなビタミンを補い、「ペラグラ」を予防していたってことです。

「ペラグラ」とは、代謝内分泌疾患の一つで、ナイアシン欠乏症のことです。ナイアシンは必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンから体内で生合成されるので、トリプトファンが欠乏することでもナイアシンが欠乏するそうです。トウモロコシを主食とするイタリア北部などで猛威をふるい、「イタリア癩病」、「アストゥリアス癩病」などと呼ばれたそうです。トウモロコシのナイアシンはアルカリで処理することによって吸収されるようになるそうで、ナイアシン不足に加えて日光に当たることによって発症するペラグラの予防を意識的か、無意識かはわからないけれど、キチンとされていたんですね~~!!

おかず??

食用の動物は七面鳥などの家禽、ホリネズミ、グリーンイグアナ、メキシコサラマンダー、海老、魚さらに昆虫類やその卵など多種多様だったそうです。気になるのは「ホリネズミ」…。食べちゃってたんだ・・。野菜類ではカボチャが好まれていたとか!種も煎って食用にしたのはこの頃からだったんですね!かぼちゃの種とか、うまいっすよね!

トマトは今日栽培されているものとは異なる品種が食され、トウガラシと混ぜてソースにするか、トウモロコシとともにタマルの詰め物にされていました。キノコ類も好まれ、トウモロコシ黒穂病に侵されたトウモロコシに育つ菌までも「珍味」として珍重したといわれています。

飲み物

散々出てきましたリュウゼツランの汁を醗酵させた酒プルケと、水とトウモロコシの薄粥が、アステカにおける一般的な飲み物でした。さらに蜂蜜、サボテンや果物の汁を醗酵させた飲料も存在したようです。やっぱり、サボテン!どこかで活躍してほしいって思ってました!!

社会的階級の高いものはプルケを避けて、カカオから作られる飲料を口にすることを誇りとしていたんだそうです。カカオの飲料「ショコラトル」は王族、貴族、戦士のみが飲用を許される贅沢品で、トウガラシ、蜂蜜、香辛料、バニラなどで味付けされていました。チョコレートですよね??昔も今も人気者なんですなぁぁ~~

アステカの宴会

今も、季節ごとの宴会は公式行事みたいなものですが、アステカでも、儀礼や祭事に伴って宴会が行われていたそうです。

まず宴に招かれた客人は、使用人たちから煙草と花束を渡され、これで自身の首筋や腕を拭います。

そして宴の開幕に伴い、ご馳走の一部を地面に落とすんだそうです!なんてお行儀の悪い!!…ってわけではなく、この行為によって、神に捧げるという意味合いがあるそうなんです。

軍事国家のアステカでは戦士の社会的地位が高かったため、テーブルマナーは戦士の行いに従ったものだったそうです。例えば、喫煙用のパイプや花は使用人の左手から客人の右手に手渡され、盆は右手から左手に手渡されるなど・・。これは戦士がアトラトル(槍投げ器)や矢、縦を受け渡す際のしきたりと同じものだったそうです。花は受け渡す手が右か左かで名称が異なります。"剣の花"は右手から左手に手渡され、"楯の花"は左手から右手へのように…。食べる際、客人は右手にソースを満たした小鉢を持ち、左手で持つトルティーヤやタマルを浸して食べるのがお作法。ショコラトル(カカオの飲料)は、ヒョウタンの器に入れられ、かき混ぜるための棒を添えてだされていたそうです。

宴会では男女の同席が禁じられたとの説もあるらしいのですが、本当かどうかは定かでない…。ただ、チョコレートの飲用は男性にのみ許され、女性はposolli(粥の一種)かプルケを飲用したようです。チョコレート好きは女性の方が多いんじゃぁないのかしら??何で男性だけ?!

また、裕福な者が開く宴会では、主催者は中庭を囲む小部屋に客人をお泊めしたそうです。そして、みんなが見守る中庭で、上級軍人が舞い踊ったそうです。これも、「お・も・て・な・し…おもてな~~し」なんですかね~~?ここからスゴイのが、深夜に一部の客人はチョコレートとマジックマッシュルームを服用し、酩酊状態の中で見た幻を他の人々に語ったんだとか!?ナニ?ど~~いったパァ~~ティ~~になっちゃってたんだろう!?

そして夜明け前に至ったら、客は歌を提供し、捧げものを焼いたり、中庭に埋めたりして、主催者とその子供の幸運を祈るんだそうです。朝を迎えて宴はお開きになり、花と葉巻、その他食物は老人や貧者、招待客、そして雇い人に分け与えられました。アステカ人の精神世界では、万物には2面性があり、人はその中庸を生きるべきだとされていたそうです。そのため宴会もこの思想の元に執り行われていたとされています。

アステカの人々の食文化は、今のメキシコ料理の中に垣間見れるのではないでしょうか・・。