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11.冒険猫 ニャン太物語 その1.
今のミケ猫の先代の飼いねこは、ニャン太と言う名のシャム猫であった。この猫は、我が家で10年くらい家族の一員として生きた。
ニャン太は、人間でいたら、冒険家といたところで、彼の遠征範囲は、どのくらいだったのだろうか。一週間くらいも、帰ってこないこともあって、ニャン太が、帰ってこないと、心配したものだが、
何日がすると、必ず、少しやせて、帰ってきて家族をほっとさせた。
近所の猫社会でも、オス猫としてけっこうテリトリーを持っていて、いばっていた様だ。近所のメスの黒猫がシャムぽい子猫を生んだのは、真偽のほどは、分からぬがニャン太の隠し子であったかも。
我が家は、今の家の近くのアパートに住んでいたのだが、家を引っ越した時すべての荷物を運び終えた後、外出から帰ってきてなんにもなくなったアパートに、キョトンとしていたニャン太をダンナが
抱いて、最後の引越しをした。
猫は、家に着くのだと言うそうだが、一週間程は外出好きなニャン太を家に閉じ込めておいた。そのうちに、だいぶ家にも慣れたようなので自由に、させてやった。
だが、アパートに後から住んだ人に「お宅の猫は家にきて、ベットの上で寝ているよ。人に気づくと逃げていくけど」と言われた。前のアパートと家の間は、1kmぐらい離れているのだが。ニャン太が
古巣へ遊びに行く事は、結構長く続いたらしいがそのうちに、ニャン太も新しい家に慣れて古巣への訪問はしなくなったようだ。
家を引っ越してから、シロがまだ2ヶ月ぐらいの子犬で我が家の家族となった。今のシロはでかいが、当時は猫より小さくて赤ちゃんだったのだ。
ニャン太は、小さいシロをけしていじめなかったが、ニャン太の餌をシロが食べようとすると、シロを叱りつけ まず自分が食べ、残りはシロに自由に食べさせるという風だった。このため、シロはドックフードより
キャトフードの方が好きになった。ニャン太は、姑さんの作る鳥のモツ入りメキシコパスタスープが大すきだったが。
シロがきて、一ヶ月もしたらシロの方がニャン太より大きくなってしまったが、でっかくなって大人になってもシロは、ニャン太を尊敬して一目置いて、ニャン太の許可が下りるまで食べない。
一度、家の庭に迷子の子猫が入り込んだ事があった。ワンワン吠えて知らせるシロの所へ、ダンナとニャン太が駆けつけると、ニャン太はシロを叱りつけ怯える子猫をかばうのだった。
ニャン太は、シロの6分の一位の大きさなのに、シロの兄貴分として病気で死ぬ最後まで権威を保った。
私達が夜、家へ帰ってきて、近所との家の共同の門を開けようと車を止めたら、道の反対側の家の屋根の上からしきりに呼びかけるように猫がなく、見上げるとニャン太が「おかえり。今、帰ったかい?
俺はこれから、出かけるからね。」と言うように私達を見ているのだ。「ニャン太なの!」と、声をかけると、さっさと屋根をつたって何処かに出かけて行くのだった。
また、他のオス猫と戦うのか、名誉の負傷なのか、よく怪我をして帰ってきた。だが、犬猫病院で怪我の手当てを受けるほどでもなく、自然治癒で元気にまた出かけていくといったところだったが、
一度は頭の半分くらいべっとり、ただれて傷が広がっていた。これを見たシロが、何度も何度も一生懸命その傷を舐めてやるのだ。ニャン太もじっと、シロに舐めてもらっているのだ。シロの治療の甲斐
あって、この時も医者にかかる事無く傷も治った。
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12.冒険猫 ニャン太物語 その2.
元気で冒険家のニャン太も、年も取り またいつも外出ばかりして病気もしていたのであう。ちょっと体も弱っていたようであるが。いつも 夜とか、早朝などに、ニャン太が外出から帰ってきて、窓なども全部閉っていたりすると、垣根と屋根を
伝って屋上に上がるらせん階段から、二階の窓枠にジャンプしてそこから、ニャア ニャアないたり、窓をトントン叩いて、家族を起こすのであるが。
ニャン太調子が悪かったのか、一度このジャンプに失敗して、まともに、屋上ヘあがるらせん階段の手すりか何処かにぶつかり、猫の特技の宙返りができず、バランスを失ったまま、地べたに落下してしまった。
さすがのニャン太も、動けずじっとしたままだった。獣医に連れていったら、やはり骨折しているとの事。手術しなければと言われたが、その時お金が厳しくて、しばらく待ってみようという事になった。活動家のニャン太
であるが、何日かは動かずじっとしていた。自然の治癒力というのがあるのだと思う。そのうちに足を引きずって少しずつ家の中を動きまわれるようになった。数ヶ月すると、ちゃんと普通に歩いているではないか。
あの骨折は本当だったのだろうかと思ってしまった。が。でもニャン太は年も取り、また、病気が彼の体を蝕んでいたのだ。
ニャン太 ちょっと弱っているかなとは思ったが、それでも、よく出かけるので、あまり気にしていなかったのだが。
ところが、ある日、押入れの隅にじっとうずくまってしまったのだ。そのうちに何と思ったのか、病体を励ますように出て行こうとした。すぐダンナはニャン太を呼びとめ、獣医の所に連れて行った。見てもらったところ、体にできものができているとの事。
猫にも、ガンがあるとしたら、そんなところだったのだろうか。「手術しても、助かる事は保証できないが、手術するんだったら言ってくれ。」との事。とにかく入院させて、考えさせてくれということで、ダンナは帰ってきた。
家族で相談したが、決心がつかないまま私たちは、病院のニャン太を見に行った。獣医の診察室で、獣医と話をしていたら、私達の声を聞きつけて、動物檻というか病室にいたニャン太が、ニャァー、ニャァーとないて呼ぶのだった。
ニャン太を見に行くと、苦しそうにしながらも顔を上げ、うれしそうな表情で私達を見るニャン太を見たら、私は泣いてしまった。
手術するか、もうあまり望みがないなら、苦しむより安楽死させてあげるべきなのか。私達は、結局これ以上苦しませるより、安楽死させる事を選んだ。
ダンナがニャン太に、立ち会うために、病院へ行った。私は、その日仕事で家を留守にしていた。ダンナは、ニャン太の亡骸を庭の無花果の木の下に埋めた。
ニャン太は、私達家族に思い出を残して、あの世へ行った。特に、娘にとって小学校から中学校頃までの愛するペットであり、それ以上に友達であったと思う。
ニャン太は、家族の一員として、家族に愛され、家族と楽しみ、また、冒険猫として、いろんな所をきっと、探検して歩いて、猫人生10年 自由に、素晴らし一生を終えたのだろう。
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13.シロ ミケ チョビの悩み?その1.
チョビは捨て犬だったと言う幼い日の記憶がトラウマとして残っていたのか。少し大きくなったのでシロと一緒に散歩に連れて行こうとした、綱でひいて門をでようとしたら、
足を踏ん張って動こうとしなくなってしまった。仕方なく、シロだけ連れて散歩にいった、帰ってきたら、シロに飛びついて、シロが無事帰ってきたことを喜でいる風であった。何度目かの散歩でやっと
連れ出すことができたが、公園で鎖を解いてやっても、決して、我々やシロから離れようとしなかった。
でも、まあ 少しずつトラウマも癒されるであろう。
シロは狭所恐怖症である。 これは若い頃私が屋上に上がるラセン階段を登って行ったら、後からデブのシロが付いて登ってき来たが、私が、降りるように言ったところ、
彼は頭を下に向けて、方向転換しようとしたが、デブだから 身動き出来なくなってパニックってしまった。ダンナと私二人がかりで、バックで降ろそうとしたが、階段で、後ろが見えないので、シロは
ますますパニックって、上にも下にも動こうしない、やっと、パニックになったシロをなだめ落ちつかせて、やっとの事でバックで降ろしたけれど。
これが、彼の狭所恐怖症となった原因であろう。
散歩で、川の脇道で山の土手が迫った細道を通ろうとしたら、先に行った私の後ろで、止まってしまって、そこでうろうろして、又私のほうを見て、ク−ンク−ンとなくのだ。「渡れないよ−」と言っているのだ。
仕方なく、シロの所まで引返して、首輪を持って、引っ張って、やっと渡らせたのだが。二度目にそこを渡ろうとすると、シロはくるっりと向きを変えて、元来た道をさっさと引返して、立ち止まり、私が来るのを
待っているのだった。
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14.シロ ミケ チョビの悩み?その2.
ミケは野良出身にもかかわらず、ほとんど外出しない。外出しても、トイレへ行くくらいで、すぐ帰って来る。オスとメスの違いか、知らないけれど、ニャン太とまるで違う。
家の中で、寝てばかりいる猫で、何にも悩みなどないと思うのだが、人に言えない悩みがあるのだろうか。
数ヶ月まえから、お腹のところが禿になった。
知人が、通訳の仕事をして、5円禿だか10円禿になったとこぼした事があった。また、ガイドの友人は、ガイドをやるようになってから、(今は仕事がないが)白髪が増えちゃったと嘆いていたが、
私はこれは単に年を取ったからだと思うけれど。
まあ、ともかく 精神的に大変だと、いろいろ身体にも障害だ出るのだろう。
ミケは野良出身なのに、全然蚤がいない猫であるが、何故かお腹のところがげんこつ禿(げんこつ位の大きさの禿)になってしまった。
話はそれるが、ニャン太は外出ばかりしている猫だせいか知らないが、蚤がいっぱいいて大変だった。時々私が、蚤取りばあさんになって、取ってやったが。一時は、蚤防止首輪というのを買ってつけたけれど、
とにかく、外出ばかりするので、首輪が何かにひっかかたりしたら大変だとか、蚤を殺すくらいだから、猫にも害になるのではないかとか、色々の意見のもとに取り外されてしまったが。
ニャン太が元気だった時はカーペットのところで、蚤が跳ねているなんて事はなかったけれど、ニャン太が病気で死んだ後、しばらく、このニャン太の蚤が
カーペットの上で、横になって本など読んでいると、本の上で、跳ね踊りを踊って見せてくれて、びっくりさせられた。獣医の奥さんの友人に言わせると、人間と動物の体温は違うから動物の蚤は人間には移らないけれど、
動物が、身体が弱って死にそうになると、それを察知して、蚤が今まで住んでいた所を飛び出していったものだろうとの事。
ミケは美人猫であると評判なのだが、これは、美人猫の名を汚す大事である。幸い禿はお腹の所なので、お腹を出してゴロゴロでもやらない限り分からないが。娘は、「ミケのげんこつハゲの事は書かないで!」
と言っているがこれは、ミケの養母であると言う娘が3ヶ月も家を留守にして遊んでいた時になったのだから、「親が子を見捨てたせいで、養女のミケが禿になったのだ!」と、私は言っている。ともかく、動物も悩んでるのかも。
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15.セレナータを歌うキリギリス。
やはり、秋なのである。毎年 今頃になると、姑さんの家の台所で、一日中、キリギリスなのか、コウロギなのか、キリ、キリ、キーと鳴いている。ほとんどひっきりなしである。これは、もう何年も毎年なのである。
同じキリギリスである訳がないので、先祖代々何世代ものキリギリスが鳴いている訳である。
「ああ、今年も鳴いているねえ。」と言ったら、姑さん「見つけたら、踏んづけて殺してやるのに−」ひきりなしのセレナータには、さすがの姑さんもうんざりしているらしい。「※バビータに、セレナータを歌っているのに。」
キリギリス、家具の後ろか、壁の穴か何処か、姿をあらわさないで飽きもせず、セレナータを歌っている。
キリギルスは、メキシコ男性以上に 嫌われったて愛が受け入れられるまでは、愛を、恋を、ささやき続けるのでしょうよ。
※バビータは日本語のおばあちゃん、ババ、をスペイン語風にdiminutivoで(強調)言った我が家の造語。
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